夏といえば海!

夏は家族とともに海で

といえばやっぱりですよね。
夏休みには毎年色んなところに連れて行ってもらいました。記憶を辿ると、舞鶴、高浜(若狭)、美保関、牛窓、淡路島、鳥羽…(後は思い出せない)ほとんど(というか思い出せた場所は全て)が海です。

印象に残っているのは、高浜と舞鶴、淡路島です。高浜では母方の姉の家族合わせて総勢10人で行ったんですが、いとこのお兄ちゃんが沖でタコを捕まえて戻ってきました。 sea
そのお兄ちゃんはスキューバダイビングをしていたので、子供心でタコを採るには海深く潜らないといけないと思っていました。

僕はテトラポッドにいたゴンズイの群れをじーっと見ていたのと、波打ち際でアンドンクラゲに太股をヤラれたことが非常に鮮明な記憶として残っています。

父の左上腕二頭筋にアンドンクラゲが乗ってミミズ腫れだったのも印象的でした。その後数週間は痕が残っていました。今思い出しても痛々しいです。

舞鶴では海の記憶というよりも別の記憶の方が大きいです。
それは日航機墜落事故です。
テレビを見ていたら「JAL機が御巣鷹山に激突」っていうテロップが流れていました。その瞬間はあのような大惨事になっているとは思いもしませんでした。

でも時間が経つにつれ、色々な情報(新聞や映像)を目にするうちに事の重大さがわかってきました。父と母もかなり驚いていたのを覚えています。

あの忌まわしい事故から早20年以上が経過しました。月日が経つのは早いです。

淡路島では初めてタコを捕まえました。何ともまぁ気持ち悪い感触でした。手に張り付く感じがなんともいえません。それと巨大な魚が泳いでいたけど何もできずじーっと見ていただけでした。今思い出すとあの巨大な魚はボラだったんだなぁーと。 sea

この頃はすでにシュノーケリングはバッチリで、少しは潜っていました。といってもたぶん3mほどぐらいでしょうけどね。
朝から休憩もせず潜り続けて、父親に「休憩せぃ!」と一喝されたのを覚えています。子供だから無尽蔵の体力があったんでしょうね。
潜っている最中は疲れ知らずというか。。。

今でも当時の気持ちはよ〜く理解できます。というのも、未だに大きな獲物を見つけたら水面からじーっとその動きを観察し、その獲物を追い続けるぐらいですから。たぶん、獲物を捉える(子供の頃は自分から遠くへ離れていく姿を追う)のに無我夢中なんでしょうね。

さすがに高校三年生にもなると、受験のため行きませんでしたが、海に近い大学に入学したこともあって、夏になるとほとんど毎日海に行ってました。それも土日とかだけではなく、授業と授業の合間やその日の授業が終わった後とか。年間平均45日ぐらい海に行ってましたね。友達からは異常者扱いでした。まぁそう考えるのもわからなくもないですが。。。

この時はもう本格的に潜っていました。当時の潜りポイントは今や僕の庭です。海底がどんな地形かだいたい把握していますから。過去の経験が今に生かされているなぁーってつくづく思います。

©オフタイムはスポーツ! All Rights Reserved.